第4章 『記憶の欠片を求めて』

 精密検査を受けた結果、脳波・血管・神経等に特筆すべき異常が見受けられなかった為、
後藤は外傷の打撲治療と3日間の安静を経た後、予定より若干早く退院することになった。


「それじゃ出るけど、後藤さん、忘れ物ない?」
「ええと・・・・うん。大丈夫そうだ。行こうか」

 きびきびとした有里の声が病室に響く。
 この子は確か広報スタッフという話だったが、会長のスケージュールを把握していたり、
監督の服装をチェックしてダメ出ししてたりと、既に何でも屋の様相を呈している。
 現に今も自分の退院の手続きの為に来てくれていた。
「永田さん、面倒かけてすまないね。こんなの広報の仕事じゃないのに」
 そう言って後藤が苦笑まじりに謝罪すると、有里はからからと笑って「何言ってんですか!そんなの気にしなくていいのに。大体、広報の仕事以外にも動いてるなんてウチじゃしょっちゅうなんだし」と明るく言ってのけた。
 病院でお世話になっている間に、会長や副会長が面会に来てくれたが、
やはり自分の記憶から消えてるようだった。
 それでも、有里が持ち込んでくれたノートPCを使って仕事が出来る事を伝えると、
「不幸中の幸いだ」と会長は安堵していた。

 あの後、達海はというと後藤の病室を毎日訪れていた。
 後藤が達海に自分との関係性を問うと、一瞬の沈黙の後「簡単に言や、同僚だよ」と答えが返ってきた。

「肩書きはETUの監督」
「えっ?お前が・・・・監督、なのか?」
「・・・・ああ」

 最初聞いた時には意外に思った。
 この男は自分と同じ・・・いや自分よりも年下に見える。
 そんな彼が、プロリーグ一部のチームの監督?
 周りのチームは四十過ぎの壮年から老年の経験豊富な人物が監督だ。
 プロを率いる監督にしては随分若すぎるように思えた。
 だが“達海が監督”というフレーズは後藤の中で妙にしっくりと馴染み、
あたかも欠けていたピースが埋まったかのようだった。
 そんなことを思っていると、達海の視線を感じたので彼に視線を移すと、その瞳を見て心臓が跳ねる。
 どこか悲しげで辛い気持ちを押し殺してるように感じたからだ。
 しかし、そんな感情も目が合った後一瞬で消え去り、いつもの達海に戻っていた。

「さて・・・と。そろそろ時間だし、行くわ」
「ああ、もうそんな時間なのか」
 監督をしてるなら、確かに忙しいはずだ。
 なんと言っても今はシーズン中だ。
 逆を言えば、そんな忙しい身の上でわざわざ時間を作ってくれてるということになる。
「達海」
「んー?」
「忙しいのにわざわざすまない。ありがとう」
「・・・・・・」
 後藤の言葉を聞いた達海はその場で立ち止まり、一瞬の沈黙が訪れたが、そのまま扉に手を掛けるとこちらを振り返って口を開く。
「あのな」
「うん?」

「俺のこの肩書きの原因は・・・・お前だ、後藤」

「・・・・え?」
 咄嗟に意味が分からずに聞き返したが、達海はそれだけ告げると、ニヤリと笑って「じゃーな」と部屋を出てしまった。
 肩書きの原因が、俺?
 達海が監督であるということの原因が俺だってことか?
 去り際に残した彼の言葉はしばらく後藤の中で小さな波紋を起こし続けていた。


          ◆◆◆


 記憶が喪失していることを痛感したのは、病院からの帰りだった。
 なんと自分の家の所在が分からなかったのだ。
「自分のことが分からないってこういうことなんだな・・・」
 家に向かうタクシーの中で呆然とそう呟くと、有里は気遣わしげに
「でも、クラブハウスの場所は分かってるなんてやっぱり後藤さんらしい。っていうか、仕事しすぎだよ!」
と叱るそぶりを見せてくれた。
「ああそれ、達海にも言われたよ。でも永田さんも人のこと言えないんじゃないか?」
「私?うーん、それはある。ちょっと会長に給料交渉でもしちゃおうかな〜」
 アハハと笑ってこちらを向いた有里を見てると何だかこちらまで明るい気分になれた。
「それにしても、達海さんが後藤さんのお家知っててくれて助かりましたね」
「・・・ああ、本当に」


          ◆◆◆
          
          
 入院翌日、入院中の着替えやらをどうしようかという話になった時、未婚の自分はそういうものを用意してくれる存在が居ないと分かった。
 有里が住所をデータベースで調べて用意してきましょうかと言うと、
「いーよ、俺持ってくる。ごとーん家なら何度か行ってるし」
と達海が申し出てくれたのだ。
 その発言に後藤は驚いたが、有里はあっさりと「じゃお願いします」と任せてしまった。
 その後、達海は壁に掛けてある後藤の着ていたジャケットの内ポケットを探り、財布を取り出したかと思うと、「鍵、借りてくから」と目の前でその中からカードキーを取り出して、財布を元に戻していた。
「とりあえずは着替えだけでいいよな?」
「あ、ああ・・すまないが、よろしく頼む」
「ん。じゃ、また後で」
 正直、達海の行動に幾つか疑問が浮かんでいたが、そんな疑問を問う暇もなく達海は病室を後にしていた。
 その後有里も取材があるからと慌しく帰っていった。

 後藤はまず達海が引き受けたことに驚いた。
 まだ知ってから(今の後藤の中で)一日程度だが、こういうことを頼まれたら、何となく「やだよ、めんどくさい」とか言いそうだと思ったからだ。(偏見だろうか) 
 それに、自分の家に何度か来ているという。
『お互いの家を行き来するくらい親しい間柄だったのか・・・・』
 更には、家の鍵を後藤がいつもどこに仕舞っているのか知っていた。
 これにはかなり驚いた。
 確かに何度か一緒に家に来てるのであれば、取り出すところを見てるだろう。
 だが、そんなに正確に覚えているものだろうか?
 さっき達海はキーの所在について、全く迷っていなかった。
 自分は他人の家の鍵がどこに仕舞われているか全然知らない気がする。
 まあ、今は記憶がこんな状態だから何とも判断しかねるのだが。

『そんなにしょっちゅう来てたのか?』

・・・・・・・・・・・。
『いや、達海は凄く記憶力に優れているのかもしれないな』
 そう考え直すと、心の奥底で何かが違うと告げているような違和感を感じた。
『・・・・・なんだ・・・・?』
 このことが凄く大事なことのような気がして、後藤は疑問に思考を傾けてみたが、
もちろん答えが聞こえるはずもなく。
 すっきりしない感覚が嫌で、記憶が戻れば分かる事だと少々強引に思考を断ち切った。


               ◆◆◆


 タクシーがマンションの前に着くと、その建物を仰ぎ見る。
 だが、やはりというか何も感じない。本当にここに住んでいたのか?
 今は手元にあるそのカードキーを使ってエレベーターで階を昇る。
 自分の家とやらに着くと、表札に「後藤」とあって、自分の家のはずなのに一瞬緊張を感じた。
 扉を開いて中に入ると、柔らかい白を基調としたモノトーンの色彩で統一されたリビングに繋がっていた。
 割ときちんと整理整頓されていて何となく落ち着く。

「わー、やっぱ綺麗にしてるんだ!」
 部屋に入るなり有里はぐるりと見回して感嘆の声を上げた。
「うんうん、モノトーンなのに柔らかい感じするのは後藤さんっぽい!」
「そう・・なのか?」
 持っていた荷物を受け取りながら苦笑すると、
「こういうのって性格出ると思うんだよねー。後藤さん几帳面だもん」
「・・・・成程」
 どうやら、有里的には自分のイメージ通りの部屋だったらしい。

「ええと・・何かあったかな・・・」
 とりあえず飲み物でも出さないとな、と台所へ向かい冷蔵庫を開けてみたが、ミネラルウォーターと缶ビールが何本か入っている位でめぼしい物がない。後はマヨネーズなどの調味料が入っているばかりだ。
 冷蔵庫の前で溜息を吐いてると、後ろから「あ、おかまいなく〜!すぐに戻らなきゃだし」と声が届いた。
「ごめん、冷蔵庫覗いたら水とビールしか入ってなかったよ。どんな生活してたのか分かるってもんだよね」
 そう言いながら多少恥ずかしい思いでリビングに戻ると、有里がこちらをじっと見ているのに気がついた。
「どうかした?」
「いや・・・・後藤さん、よく台所と冷蔵庫の位置分かったなって」
「!」
「迷わず行ったよね?扉二つあるのに。覚えてた・・・ってこと?」
「・・・・気がつかなかった。確かに、これは“覚えてた”」
 確かにここは自分の家なのだと、たった今実感した。
 記憶が塗り変わったような感覚がして、もう一つの扉を開く。ここは確か・・・・・
 
 思ったとおり、自室兼寝室だった。
 リビングと同じ空気がして安堵を感じたが、ベッドの上にある雑誌やデスクの上にある本を買った記憶がない。
「後藤さん、どう?何か記憶に引っかかるものとかあった?」
 後ろからついてきたのか、有里が遠慮がちに声を掛けてきた。
「いや・・部屋自体はここが寝室だと分かったけど、置いてある本とかに覚えがない」
「そっか」
 有里の言葉に答えつつ、ベッドの周りを見回していた後藤の目があるものの上で留まった。
「!」
 それは、壁に止められた一枚の絵葉書だった。
 一点を凝視して動かなくなった後藤に気がついた有里が、その視線の先を探ると声を上げた。
「あっ、そのはがき!後藤さん飾ってたんだ〜」
 そんな声が思考の外から聞こえていたが、後藤の意識はこの絵葉書に完全に支配されていた。
 無意識に手を伸ばしてその絵葉書を手に取ると、胸の奥で衝撃を感じた。
 そこに写っている町並みはどこか遠い外国のようだ。
 その景色を見ていると、鼓動がどんどん早くなるのが分かる。
 裏を返した途端、目に入ったのは。


『 イングランドで カントク やってます。 タツミ 』


 癖のある大きな字で、たった一文。簡潔なメッセージ。
 だが、これを見た後藤は、心の奥で何かが弾けたのを確かに感じた。
「・・・・・・っつ・・・!」
 何故だか理由は全然分からなかった。
 なのに熱いものがこみ上げてきて、それは後藤の瞳から涙となって零れ落ちた。
「えっ・・?ご、後藤さん・・・?」
 手に持った絵葉書を凝視したまま、涙を流す後藤を見て流石に有里も驚愕した。
『ええ?な、なんで?ひょっとして後藤さん・・・・あの時の記憶・・?』


 イングランドで達海を捜しだす旅は結構難航したのだ。
 思い出して泣く程のことだとは有里には思えないけど、後藤は今記憶を喪失して自身の確立さえ出来ていない。
 それに、後藤にとって達海という存在はおそらく特別なのだろう。
 ETUを救うためとはいえ、GM自ら異国まで赴いて必死になって探したぐらいだ。
 有里にとっても達海は特別な存在だから、後藤の気持ちも少しは分かると思っている。
 昔のこととかも蘇って、こみ上げてきたのかもしれない。

 そう思って後藤を見ると、ようやく自分が泣いてることに気がついたらしく、
「なんだ、これ・・・涙・・・・?」と不可解そうに涙を拭っていた。
「ひょっとして、探し続けてた時のこと・・・思い出したの・・・?」
「探し続けて・・・?」
 残念ながら記憶が戻ったわけではないらしく、自分でも何故泣いてるのか分かってない様子だ。
「なんだ、思い出したからってワケじゃないのか・・」
「あ、ああ・・・だが、このはがきを見たら急に・・・」
 何て説明すればいいか分からず言葉が詰まる。
「そっかあ。でも涙が出るってことは、後藤さんにとってそのはがき、ただの絵葉書じゃないんだね、きっと」
 確かに、探している時もいつも胸ポケットに入れて、時折大事そうに眺めていたな、と有里は思い出した。
 
「ああ・・・多分。タツミってあの達海だよな?イングランドに居たのか?」
 いくらか冷静になった頭でもう一度文面を見ると、達海がイングランドから自分に宛てて送ってくれた物のようだ。
「うん。それまで全く音信不通状態だったのに、いきなり送ってきて」
「そう・・なのか?」
「そう。それで、ETUの監督になってもらう為に、後藤さんと私でイングランドまで達海さんを探しに行ったんだよ。このはがきを頼りに」
「これを頼りに英国までって・・・」

 後藤は絶句した。
 だってそうだろう。
 何年も音信不通だったというのに、突然送られてきた挙句、必要な情報が全然記されていないではないか。
“イングランドでカントク”と言っても、英国にサッカーチームなんて星の数ほどあるだろうに、肝心のチーム名が書かれていない。
 更にどこで暮らしているのか、住所もなければ地域すら確定出来ない。
 端からこちらの返事など求めていない、一方的な連絡だ。
 元気でやってるということをただ単に伝えたかっただけなのかもしれないこれで、彼の居場所を突き止めるなんて至難の技だろう。

 だが・・・・達海は今、日本に居る。そしてETUで監督をしている。
「達海が今ここに居るってことは・・・」
「うん、すっごい大変だったよ。そのはがき、大事な事全然書いてないし。でも、ETU救えるのはもう達海さんしか居ないって後藤さん、諦めずにイングランド中を探して回ったんだよ」
「・・・なんでそこまでして・・・達海って俺より歳下だよな?監督として招聘するには若すぎないか?」
「うん・・・何でそこまでっていう本当のところは後藤さんにしか分からないと思うけど。
でも達海さんは特別なんだよ。ETUにとっても私たちにとっても。」
「特別・・・・?」
「確かに監督としては異例の若さだと思う。でも私達が見つけたときに達海さん、アマチュアチーム率いてFAカップでベスト32まで勝ち上がってたんだよ。既に実力は充分だった」
「何?アマチュアで、か?それは・・・確かに凄いな」
 そのことに感心する一方で、先日病室で達海が言ってたことにようやく合点がいった。

『成る程・・・だから“肩書きの原因が俺”なのか・・・』

 自分が彼を遠い英国からこの地へ連れ戻したらしい。
 あまりそんな風には見えなかったが、話を聞く限り・・・・・
「達海って、すごい奴なんだな・・・・」
「うん、普段は全然そんな感じしないけどね。時間にはルーズだわ、約束守んないわ、服装もだらしないし・・・・」
 有里は指折り達海のダメな部分を数えながら文句を言っている。
「でも、サッカーに関してはすごいよ!昔から普通じゃなかった。実力もそのカリスマ性も」
「昔?やはり有名な選手だったのか?」
「もちろん!達海さんはこのETUの英雄だった」
「ETUの?このチームに居たのか?」
 ・・・・・ってことは、俺ともその頃から既に面識があったのか?
「うん。後藤さんと達海さんはチームメートだったんだよ」
 考えを見透かしたかのように有里が肯定すると、“達海と自分が元チームメイト”というフレーズもすんなりと胸の奥に馴染んでいった。
「そうか・・・・思ったよりも俺と達海は近い存在なんだな。ただの同僚だと聞いてたけど」
「そうだねー、昔からご飯とか一緒に食べに行ったりしてたし、チームの中では一番親しくしてるんじゃないかな?」
 それは初耳だ。
 親しくしていたのに自分のことを全く覚えていない友人を目の前にしたらどんな気持ちだろう。
 それはきっと悲しく苦い気分になるんじゃないだろうか。
『早く・・せめて彼のことを早く、思い出さなければ・・・』
 後藤はこの時初めて、記憶がないという事に焦燥感を覚えた。


          ◆◆◆


 翌日、事故以来久しぶりにクラブハウスに出勤した後藤を待っていたのは、会長を初め、他のスタッフ達からの気遣いの嵐だった。
「ご心配お掛けしてすみません」
 という言葉と共に他部署にも顔を出すと、広報チームで有里以外の記憶が復元された。
 また、コーチ陣も話をしてるうちに、二人ほど思い出すことが出来て、後藤は少しばかり安堵した。
 親しかったという達海のことを自分はすっかり忘れているのだ。
 有里のことだって。
 ただの同僚である他の人間達は、どうやって思い出せばいいのかと正直途方に暮れていた位だ。
 だが医師が言っていたように、記憶はどうやら自分に近い人ほど抜け落ちているようだった。
『それはそれで困るんだが・・・』
 しかし、話す事で記憶が呼び起こされるという事が今日の成果で分かったので、有里や達海ともたくさん話をすればいずれ蘇るだろうと、このときの後藤は考えていた。


 更に翌日、スタッフルームで会長と副会長の言い争いを見たことから、後藤はこの二人の記憶も取り戻す事になる。

         ◆◆◆
         

 夜、自宅に帰った後藤は、自分の部屋でまたあの絵葉書を見つめていた。
 もう涙が出ることはないけど、これを手に取ると何故かとても胸がざわめく。
 やはり自分にとって重要なアイテムなのだろう。
 何年もずっと音信不通だったという達海。
 周りでは誰も達海の行方を知る者は居なかったと聞いた。
 何故、急にこんなはがきを寄越したのだろうか?
 単なる気まぐれか?たまたま絵葉書があったから?
『彼なら・・・そんな気もする』
 大した理由などないのかもしれない。
 でも、他の人にもこの絵葉書が届いてるのかと聞いたら届いてないと言っていた。
 英国から送られたこの葉書は後藤にだけ送られていたようだ。
 それを知った時後藤は、なんで俺に・・・・と思うと同時に、
心の底から“嬉しい”という感情が自分の中にあることを知った。

『俺だけに送られてきた異国からの葉書・・・か』

 思わず笑みが浮かんでしまう。
 何故か彼が自分を選んでくれたと思うと、酷く嬉しい。
 どうして自分に送ってきたのか本人に聞きたいが、まずは彼のことを思い出す方が先だろう。
 ひょっとしたら、自分の中に答えがあるかもしれない。
 そう思って、何か手がかりになりそうなものを部屋で物色していると、ライブラリの中からビデオテープの一群を見つけた。
「これは・・?」
 几帳面に記されているラベルを見ると、どうやらETUの過去の試合の映像らしい。
『今から11年前・・・?』
 自分がまだ現役だった頃のものだろう。
『自分の活躍をコレクションするような奴なのか、俺って・・・・?』
 なんだかちょっと恥ずかしい人間のような気がして、一人赤面しつつも、
とりあえずその映像を見てみることにした。
『ああ・・・そういえばこのユニフォーム、懐かしいな』
 映し出された画面の中には後藤が“懐かしい”と感じるものがたくさんあった。
 当時のスタメンの顔。
 当時のユニフォーム。
 当時のサポーター。
 忘れてたことと覚えてることが一体となって後藤の中に蘇ってきた。
 だが、見ているうちに何故自分がこの映像を残していたのか、その理由がはっきりと分かった。

『これは・・・・達海だ・・・!』

 鮮やかなスルーパス、華麗なドリブルで敵を翻弄する背番号7番。
 まだ背中からの映像しか映ってないのに、はっきりと分かる。
 心臓がドキドキと脈打つのを感じる。
『そうか・・“達海のプレイが映っているから”記録を手元に残していたのか・・・』
 瞬時にそう悟ったが、根拠は分からないのに当たってる気がする。

 達海は後ろから上がってきたパスを受けて、敵の裏を抜ける。
『上手い!』
 FWとワンツー・リターンをヒールで受けると、一人抜き、二人抜き・・・残るはキーパーのみ。
 ゴールコースを阻まれた、と思いきや、フェイントをかけた挙句、キーパーすら抜き去った上での完璧なゴール!
 後藤は鳥肌が立っているのを感じた。
 目が達海に釘付けになっている。
 ゴールを喜び走ってくる達海めがけて、チームメイトも駆け寄って抱きついたりなでたり肩を叩いたり・・・
その中に自分は居なかったのだが、達海が仲間から解放され試合が再開するその時。
 達海は誰かに向かって親指を立てて合図を送っていた。
 その先にいたのは・・・

『・・・・俺・・・・・・か?』

 小さくしか映っていないが同じように指を立てて答えているのは、間違いなく自分だった。
 その後、ファールによるPKで同点に追いつかれたが、ラスト残り2分という場面で、セットプレイから達海がダイレクトボレーで逆転弾を見事に決め、2対1で勝利を飾った。
 その試合はどうやらタイトル獲得の掛かったものだったらしく、試合終了のホイッスルと同時に皆、拳を振り上げ歓喜の声をあげている。
「―杯、優勝はイースト・トーキョー・ユナイテッド!」
というアナウンサーの声と共に映った映像の中で、サポーターに向かってガッツポーズをしていた達海が、駆け寄ってくる仲間の下に戻る場面が流れていた。
『ああ・・・達海、若いな・・・・でも、あんまり変わってない』
 見たことない満開の笑顔で屈託なく走っている。
 カメラは今日のヒーローである達海を追い続けていた。
 やがてチームメイトと合流すると、達海は真っ先に手を広げて待っていた男に飛びついて、ぎゅうっと抱き締めている。
 笑顔で手を広げて待っていたのは・・・・自分だった。
『そうだった、この時達海だけじゃなく他の奴等も飛びついてきて・・・』
 そう思い出しかけたその時だった。

「・・・ッツ!!」

 ズキンと物凄い頭痛が襲ってきて、後藤の思考を中断させた。
『くっ・・・い、痛い・・・っ』
 今、何か達海のことを思い出しそうだったのに!!
 あまりの痛さに蹲る。
 ズキン・・ズキン・・という頭痛と心臓の音がうるさいくらいにシンクロし始めた時に、
唐突に後藤の脳裏に言葉が聞こえた。





『 思 イ 出 シ テ ハ 、イ ケ ナ イ 』





 ・・・・・それは、自分の声だった。
 そのまま、思考はブラックアウトし、そのままテレビの前で眠ってしまったようだった。