例えば、時間を巻き戻してあの頃からもう一度やり直せたとしたら。
いや、全てをなかったことにして、白紙の状態からもう一度始められるとしたら
・・・この想いを封じる事は出来るのだろうか・・・

第1章『心の鎖』

気持ちよく晴れた初夏のある日。
いつもならコーチ陣の怒号や選手達の声、ボールを蹴る音が響くサッカーグラウンドは静寂を湛えていた。
今日選手達はオフ日に当たり、スタッフも休暇を取っている者が多く、クラブハウス内は普段よりもひっそりとしている。
そんな中普通に出勤して一人仕事をしていた後藤は、目の前の未開封メールの山を見て、一つ溜息を吐くと窓の外に目をやった。
『今日は・・・静かだな・・・』
会長は出勤しているが外出中。
副会長はオフ。コーチ陣もオフ。広報と法務・経理の皆は出勤してるが、医療スタッフも居ない。
席を立ち、窓を開けると暖かい風が入ってきた。
ふと横を向くと一枚の写真が目に入る。
過去のETUの栄光を示す写真達の中でも特に誇らしい、
それは達海の日本代表時代の写真だった。

『達海・・・・』

後藤の中で今一番輝いている人物だ。
今だけじゃない。十年以上も前、この写真の頃からずっと。
このチームで共に戦ってる時も、強烈な光を放っていた英雄。
サッカーの神様に愛されてるとしか思えないようなその技術。
そのカリスマ性。勝負運の強さ。
だが、ピッチを一歩出ると、その歯に衣着せない物言いや、我侭とも取れる言動から周りと軋轢を生む時もあった。
そんな人間としてのアンバランスな危うさを持っているからこそ、後藤は達海という人間を“放っておけない”と思うようになった。
勿論始めの内は、派手な事や揉め事を好まない後藤にとって、目立つ達海との接触は必要最低限に留めていた。
だが、共に戦って同じフィールドに立つと、嫌でも彼の姿が目に付くようになったのだ。
敵の動きを読むクレバーなインターセプト、風のように走り抜け、その足から繰り出される鮮やかなミドルシュート。
DFである後藤から見えるその背番号7は、日に日に彼の心に感動を植えつけ、すっかり達海のプレイに魅了されるに至ってしまった。
それなのに、日常生活ではまるでダメな男だと分かった時、後藤は苦笑と共に安堵感と親近感を覚えた。

『こんなサッカーの英雄でも、完璧ではないんだな』

そうして共に居る時間が増えてくると彼の扱いにも慣れ、彼を気に掛ける役目は後藤、というのがチーム内でも当たり前になっていった。
達海の方も、後藤と居る時間が楽なようで、徐々に心を開いて色々と話したり、後藤にだけ我侭を言ったりするようになった。
いつからだっただろうか・・・。
もう正確には覚えていないが、そんな達海を見てると必要以上に甘やかしてやりたくなる自分に気がついた。
もちろん、そんなことを達海は望んでいないだろうし、自分でも分かっているので自制してはいる。
だが、あらゆる誹謗中傷や敵から守ってやりたい、ずっと味方で居てやりたい・・と思う。
自分は『まるで親のようだな』と分析していたのだが、すぐにそれが間違いだと気づかされる事になった・・・・・。
 
          ◆◆◆

ある日、後藤の部屋で欧州リーグを録画した映像を二人で並んで見ていたのだが、疲労がピークに達したのか達海は眠ってしまった。
肩に軽い衝撃があったので振り向くと、すうすうと寝息を立てて眠る達海が目に入り、後藤はやれやれと思いながらも無防備に眠っているその顔をしばし見つめていた。
ゲーム中はいつも挑戦的な光を宿すその強気な瞳は、今は閉じられている。
それだけで、達海の顔は数段幼く見えるから不思議だ。子供のようで何だか可愛い。
以前、別チームの外国人プレイヤーに「ベビーフェイス」と言われて、むっとしてた事を思い出し、喉奥で笑ってしまった。
すると、その笑いの揺れが肩越しに伝わったのだろう。
「・・・・んん・・・」
「達海?」
目が覚めたかと思い、声を掛けるがその目は開かれない。
このまま眠っては風邪を引くし、疲れは取れないだろう。
そう思って頭が落ちないように体をずらしながら、達海の肩を掴んで軽く揺すりつつ、もう一度声を掛けてやる。
「ほら、達海。寝るなら着替えろって」
「ん・・や・・だ・・ごと・・・・」
すると達海は眉間に軽く皴を寄せて、いやいやをするように頭を後藤の肩口に摺り寄せてきた。
「えっ・・・・」
「・・・・・もっ・・と・・・・・ごとぉ・・・」


「!!!!」


その瞬間、後藤は全ての動きが停止した。
心臓さえ止まったかと思った。
舌足らずの口調で甘えるように後藤の名を呼んでいる。
次に心臓が動いた時、今度は早すぎて死ぬかと思う位に脈打っていた。
『な・・・なんだ、今の・・・・・』
寝言で名前を呼ばれただけ。
ただ、それだけ。
・・・のはずなのに、何故か後藤は情事の最中に呼ばれたかのような錯覚に陥ったのだ。
いつの間にか、身体中が熱くなっているの感じる。
達海を見ると、何事も無かったかのように眠り続けていた。
そのことに一旦安堵するが、ドクドクと脈打つ心臓が止まらない。

『何てこった・・・・・』

同僚で親友だと思っている男に対して抱く感情としては、あってはならないものだ。
何とか冷静になる為に、とりあえず達海を寝室の自分のベッドに寝かし、シャワーを浴びてからリビングへ戻る。
何もしてないと、思考が危険な方向へ行きそうだったので、なるべく難しい経営学や戦術理論の本を選んで片っ端から読み始めた。
うっかりと二冊は読みきってしまったが、一心不乱に読んだおかげで三冊目の途中で眠る事に成功したのだった。



翌日。
目を覚ました達海がリビングに現れた時、後藤は一瞬動揺したが、そんな後藤の変化には気付かず、不満を漏らしてきた。
「夢ん中でさー、せっかく焼肉食ってたのに、『肉だけじゃなくて野菜も食え』ってお前、俺の皿持ってっちゃってさあー」
「・・・・・・まぁ、言うだろうな、俺なら」
何事かと思えば夢の中での不満だった。
「だから、『嫌だ、もっとカルビこっちよこせ』って言ったのに、お前笑って野菜入れて寄越してきやがって・・・」
「!」
なるほど・・・あの時の寝言はこれだったのか・・・
不満そうに口を尖らせている達海を見て、その健全すぎる思考に大いなる安堵感と共に、小さな失望感を感じていることを、後藤はそのとき自覚した。

夢の中で望んだものを食べられなかったということで、我侭な英雄は現実でのメニューを要求してきた。
「そんなわけだから、ベーコン。カリカリのやつ。卵はスクランブルがいい」
「・・・・・はいはい。しょうがないな」
普通だったら、何様だお前は!というトコだろうが、相手は“ETUと日本代表の英雄様”だ。
もう後藤はいい加減こんな我侭にも慣れているので、溜息を一つ吐くと、苦笑しながらも台所へ向かう。
すると、後ろから何故か達海もついてくるではないか。
「どうした、達海?」
「・・紅茶、飲みたいから」
どうやら自分で淹れようと思ったらしい。珍しいことだ。
「じゃ、牛乳沸かして・・・ああ。いいよ、俺淹れるから。いつものミルクティだろ?」
「ん・・・じゃ、頼む」
どうしたんだ。
さっきまで不満言ってたのに、今度はやけに素直だ。
『まだ、目覚めてないのかもな』
気まぐれなのはいつもの事。
そう思いつつ支度を進めていると、ミルクが沸いたので、濃く淹れたアッサムティーのポットに注ぎいれて出来上がり。
「達海!紅茶できたぞ!」
呼ぶと、てくてくやってきてマグカップに注ぐと、その場で口をつけながら話しかけてきた。

「あのさ」
「うん?」
「昨日は・・・悪ぃ」
「え?」
 一瞬心臓がどきりとする。
「ベッド」
「あ、ああ・・」

なんだ、そのことか。
達海が泊まりに来たときは大抵、後藤が自分のベッドで、達海はソファに寝てることが多い。
気がついたら二人で床に転がってる時もあったが、達海が一人で後藤のベッドを占領して寝たことはまだ無かった。
寝床を奪ってしまったとでも思ったのだろうか?
「その、さんきゅ・・な。おかげで疲れ、結構とれた」
ちらりとこっちを見て口早にそう言うと、両手でマグカップを抱えたまま、少し足早にリビングへ戻っていった。
「・・・・・・・・」
言いたい事だけ言ってこっちの返事を待たないなんて、達海にはよくある事だけど、これには咄嗟に反応できなかった。
さっきまで自分の後についてきたり、素直だったのは、ひょっとしなくてもこれのせいだろうか?
ああ、そういえばいつも達海が居る時には読まないような本を、テーブルに置きっぱなしだったなと気がつく。
前に“眠れない時のお供になる”と話したことがある。

『まさかと思うが、それを見て自分がベッドを占拠したことで、俺がよく眠れていないって思った・・のか?』

・・・・・・・・・なんて事だ。
達海ってこんなに可愛い性格をしてたのか?
それとも、自分の達海を見る目が変わってしまったのか?
後藤は望み通りベーコンをカリカリに焼きながら、顔に笑みが浮かぶのを止められなかった。
はっきり言って、達海の口から謝罪の言葉というのもそうだが、感謝の言葉を聞くのはそう多くないのだ。
勿論、すべき時にはきちんとしてるのだが、こういった日常的なことでは大抵「叶えてもらって普通」位の態度で日々過ごしている男だ。
それを今両方、それも心からそう思って口にしたと思う。
しかも、言い馴れてないから気恥ずかしく思ったのか、ちらりと伺ってそそくさと離れる始末だ。

「困ったな・・・・・」

思わず呟いてしまう。・・・・本当に困った。
こんな、他では見ないような素直な態度を見せられては、降伏するしかないではないか。
我侭を言われても嬉しく感じてしまうようでは、もう完敗だ。

「達海、ほらご所望の朝食。待たせたな」
リビングにご所望の品を持っていくと、達海はぱっと顔を上げ後藤を見て、満面の笑顔で言い放ってくれた。
「ん、待った!」



『・・・・・・・・・反則だろ、その笑顔。本当に、困ったな・・・・』



          ◆◆◆
           

それから色々葛藤やら何やらあったが、達海猛という人間は、後藤にとって“特別な存在”となった。
だが、だからといって、その想いを達海に伝える事はしなかった。
というか、出来なかったのだ。
今、傍に居るこの輝ける存在を自分のものにしたいと思う以上に、失いたくないと思っていたからだ。
だから、十年前のあの日。
その輝ける光と突然の別れがやってきた時も、やはり何も言えず、彼を笑顔で送り出してしまった。




それから月日が経って・・・・自分の環境も大きく変わった。
それなのに、自分の心は全く変わっていないのだと思い知らされたのは、日々辛く苦しい闇の中を走っている最中の事だった。
GMという職について二年。
慣れはしたものの、結果を伴う事が中々出来ずに暗中模索していたあの日。
後藤の元に、ひらりと光のかけらが届いたのだ。

それは、達海からの一通の絵葉書だった。

内容は簡潔極まりないものだったが、それを見た瞬間、歩いてきた道に光が差したように思えた。
後藤は周囲の反対を押し切って、彼を招聘する為に英国まで探しに行くことに決め、実行した。
 
達海を探す旅は困難を極めたが、甲斐あって英国から日本に連れ戻す事に成功した。
ETUの監督にもなってもらい、今彼は自分の手の届く範囲に居る。


だが、そのことで後藤には新たに悩みが出来てしまった。
正直、再会できた時は嬉しさの方が勝ってて気にならなかったが、昔みたく共にいる時間が増えてくると、時々辛く苦しい。
再会した達海は、変わっているようで根本的な所は変わってはおらず、かといって“全く変わっていない”と笑う程、変化がないわけではなかった。
変化していると感じる部分を見せられると、『何が彼をそう変えたのか』と気になると同時に、どう変化してても『そうか』と受け入れてしまえる自分に心底呆れる後藤だ。

十年も離れていたのが嘘のように、以前と変わらぬ態度で後藤に接してくる達海に安堵しつつも、日々大きくなっているこの想いを悟られて、離れて行く日が来るのではないかと不安に駆られる時がある。
このままだと、そう遠くない日にそれが現実になってしまいそうだ。
後藤は最近達海に対して、“傍に居たい”“守りたい”という以外に“触れたい”“抱き締めたい”という、より直接的な想いまで強く抱くようになってしまった。
自分でもこんなに鬱陶しく、執着や独占欲を達海に感じるなんて思ってもいなかったから、驚くばかりだ。
彼を傷つけるものから守る盾になりたいと願っているのに、このままでは彼を穢し傷つけるのは、他でもない自分になりそうで恐ろしい。
一度、全てを吐き出してこの想いを伝えてしまおうかとも思ったのだが、そんなことを伝えられても達海にとってはいい迷惑なだけだ。
それどころか、後藤の想いを知った上で監督としてこのETUに居続けなければならないなど、苦痛でしかないだろう。
きっと達海は表面上何事もなかったかのように普通に振舞ってくれると思う。
しかし、全く何も無かった事にされるのも、後藤を気遣って苦しむ様を見ることも、結局どちらも後藤にとっては苦しいのだ。


『いっそ・・・・この想いが消え去って、ただのGMと監督なら楽なのにな』



そんな風に感慨に耽っていると、突然スタッフルームの扉が開いて、丁度思いを馳せていた本人が姿を見せた。
「ごとー、居る?」
「・・・・あれ、達海?」
「あ、いた」
「今日俺がここに居るって知ってたのか?」
今日は本来オフ日だ。
「そこで、法務の奴に聞いた」
「ああ、成る程。それで、どうした?」
「今年後半の対戦スケージュールの詳細、決まってる分見して」
「リーグじゃなくて?」
リーグ戦の分は既に全試合開幕時には決定しているので達海も知っているだろう。
「ん、杯のと代表、親善試合のやつ。後U23のもあったら教えて」
「ああ、U23と U19のは先日決定した最新のがある」
そう言いながら、自席に戻ってデータを探してやる。
「あったが・・・これ、お前のノートに転送するのはいいとして、プリントアウトも必要か?」
「あ、欲しい」
「分かった」
達海の部屋にはプリンターがない。
かろうじてノートPCはあるが、戦術を組み立てたりする時には紙に書き殴っている。
おかげで、部屋の中にはそんな戦術や理論の紙がくしゃくしゃと散乱してすごいことになっていたりする。
プリントした表を渡す時、ぼんやりとこちらを見ていた達海に気がついた。
「お前、あそこで何してたの?」
「え・・・・・」
達海が部屋に入ってきた時のことだろう。
自席で仕事してなかったからか。
それとも達海の写真に見入ってたのを見られたか。
どちらにしても、『お前の写真で過去を思い出して、想いを再確認してた』等とは言えない。
後藤は小さな動揺を隠しつつ、
「ああ、ちょっと・・気分転換、かな」と言葉を濁して苦笑した。

「・・・・ふーん。じゃ、オレ戻るわ」
何だかあまり納得してないような声音だったが、それ以上興味ないのか渡された紙をひらひらさせながら自室へ戻ろうと歩き出す。
「あ、ちょっと待て達海!」
「なんだよ?」
振り向いた達海をよく見ると、やはり少し寝不足のようだ。
「お前、昨日何時間寝た?」
確認すると、目線を逸らして何時に寝たか思い出したのだろう。
開きかけた口を一旦閉ざしている。
「ちゃんと、いっぱい寝たよ」
「嘘付け。あからさまに寝不足の顔してるぞ。今日はオフだろう?もっとちゃんと寝とけ」
この歳になって、なんと分かりやすく子供のような嘘を吐くのか。
「ああ、その前に飯だな。まだ食ってないんだろ?」
「まだいいよ・・・・別に」
『ほっといたら、食べない気だな・・・』
「分かった。じゃあ、俺が何か買ってきておくからお前は寝てるといいよ。起きて気が向いたら、口にすればいい」
食べたくない時に無理強いしても仕方ない。
だが食べないと持たないし、寝不足も解消してもらいたい。
そう思ったから自分が買ってくるという提案をしたのに、達海は目を剥いてそれを却下してきた。
「ばっ・・お前、仕事あるだろ?」
「監督が倒れないようにするのも、俺の仕事」
そう言って笑ってやると、一瞬怯んだ後、諦めたように深い溜息を吐かれた。
「・・・・分かった。ちゃんと食うから、お前がわざわざ出ることないって」
「うん、でも俺もなんか腹減ったし・・・一旦外に出るかな」
そう言って、窓の外を見て「天気もいいし、どこに行くか」と呟くと、達海は後藤を見てきっぱりと告げた。
「・・・・たまごサンドがいい」
「そうか。お前ホントたまご好きだな。じゃ、新しく出来たあのパン屋に行こうか」
「ん」
クラブハウスの近くにある住宅街の中に最近パン屋が出来たのだが、そこはカフェも併設してあり、サンドウイッチが絶品と話題になっていた。
有里も早速食べに行ったらしく、お土産に買ってきてくれたそこのたまごサンドを、達海は気に入ったようだった。
 
PCの電源を落として、引き出しに鍵をかける。
財布を持って出かける準備が整い、達海に声を掛けようとすると視線を感じた。
反射的に視線を上げると、視線の主は達海だった。
「??どうか、したのか?」
「!・・・・いや、別に」
バッチリと視線があったことにやや驚いて問いかけると、すぐに視線を外して背中を向けられた。

そういえば、最近同じような事がたまにある。
気がつくと、達海がこちらを見てるのだ。
『ひょっとして・・・俺の言動や表情におかしな所があるのだろうか・・』
自分の想いは、これでも一応隠してるつもりだ。
だが、どこか不審に思われているのだろうか・・・。
一抹の不安が心を過ぎったが、とりあえず今は先に行った達海を追いかける。


追いついたところでそのパン屋の話をしつつ二人で廊下を歩く。
階段を下りながら「今日の日替わりメニューはなんだろうな」と話していると、一歩先を歩いていた達海が突然振り向いた。
「そういや、こないだ松ちゃんが・・・っ?」
思いついたことを伝えようと、やや興奮気味に振り向いたのが悪かったのか、達海は階段を踏み外したようで、その身体が大きく傾いだ。
 
 
「 っ、 達 海  !!」
 

後藤は達海が“落ちる”と悟った時、反射的に手を伸ばし、達海の腕を掴んだ。
だが、掴んだ瞬間、びくり!と達海が身体を強張らせたのが伝わり、後藤は一瞬怯んでしまった。
 
『・・・・・え?』
 
そのせいで、後藤もバランスを崩してしまい『しまった!』と思ったときには遅かった。
『くっ、せめて達海だけでも・・・!』
後藤は掴んでいた腕を強く引っぱり達海を引き寄せると、咄嗟にその頭を抱え込んで身体を反転させた。

その時なにか達海が叫んでたように思うが、分からない。


その後二人は踊り場に転落、後藤は身体と頭をしたたかに打ち、
思考はそこで完全に途切れてしまったのだった。