いなるかな、    
その
偽善の福音

【後編】






覚醒した時にはトレミーに居た。
ひどい気分のはずなのに、頭の中にある一部分が、やけにすっきりと感じる。

「・・ああ、そうか。今日は確か・・・・」

グリニッジ標準時で20回目の誕生日という時間を過ぎていた。
「こんな日に迎えるなんてね・・」
ふと、Missスメラギが依存する「酒」を飲んでみたくなり、部屋を訪ねてみた。




「こんな時になんだけど・・・おめでとう。」
「・・・・ありがとうございます。」


スメラギは好んで飲んでいるようだったから、その味に正直驚いてしまった。
「・・なぜ、こんな苦いものを・・・・?」
「なぜかしらね・・・いずれ分かるようになるわ。」
その味が「心」に染みているといった苦い微笑を浮かべている。
『飲まなきゃやってられない』とスメラギはよくこぼしているようだが、妙に納得してしまった。








部屋に戻ると微かに身体が熱くなっている。
これが『酔い』なのだろうか。
不思議な事に、心が凪いでいる気がする。
ベッドに腰掛けて、そっと目を閉じる。





どうして忘れてしまってたのだろう。
「罪なき人間を救う為に戦う」だなんて・・・本当におこがましい。
ハレルヤが僕を『偽善者』だと言ったのは正しいのかもしれない。
僕は、自分がそう望むから戦いに身を投じているのだ。


・・・・・それに、ハレルヤ。
そう、君を生み出してしまったあの時から、既に僕は許されざる罪人になった。


『自分がやりたくないことにフタをして、自分は悪くなかったとでも言うのか?』


・・・本当に君の言うとおりだ。
目の前の現実が苦しくて、認めたくなくて、どうしようもなくなると
僕は逃げていたんだ。





ハレルヤ。
君という存在が出来てから僕は、いつの間にか自分の罪を忘れてしまっていたよ。
自分が逃げた後、ハレルヤがどんな現実に直面したかも考えずに。
なんて罪深い事か。
そして、ハレルヤ。僕は君に・・・・


『・・・・・・・・・。』



ハレルヤの意識を感じる。
今、きっと傍に居てくれてる。

「ハレルヤ・・そこに居るのかい・・?」
『・・・・・・・・・・・。』
「ハレルヤ・・・・ごめん。」

無言のままの空間だけど、勇気を出して閉じていた目を開いてみた。
やはり、彼はそこに居た。
目の前に立ち、僕を見下ろしている。


『・・・・・・・・・・なぜ謝る?』
「・・・・・忘れていたから。」
『・・・・・・・・・。』
「現実から逃げて、君の存在からも目を逸らして・・・」
『・・・・・・・・・。』
「僕の代わりに受けた君の痛みに気付かないようにフタをして・・」


『勘違いすんな。』


無表情のままハレルヤが口を開いた。


『別にお前の為じゃない。言ったろ、他人なんざどーでもいい。』



「他人」という言葉が僕に掛かっているのかと驚き、目を見開いてハレルヤを見上げると
何かを探るように目を細めて自分を見据えていた。



「・・・・ハレルヤにとって、僕は『他人』?」
『・・・・お前が、他人にしたんだろーが。』
「え?」
『オレはお前じゃない。』




・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうか。
うん。そうだったね。
ハレルヤは僕が生み出した僕の分身。

でも。
こうして、僕を痛みから守ってくれるこの存在は確かに僕じゃない。
ハレルヤは、「アレルヤ」を必要とはしていない。
本当は僕という鎖を逃れ、自由を欲してるのかも。
だからこそ、やはり僕はハレルヤに謝罪しなくては。
だって・・・僕には「ハレルヤ」が必要だから。


「・・・・そうだね。ハレルヤはハレルヤだ。」
『・・・・・・・・・・・・。』
「でも、ハレルヤ。僕にとって君は『他人』じゃないんだ。」

ハレルヤの片眉が微かに上がって続きを促す。
心の赴くままに言葉があふれ出る。


「僕はすぐ忘れてしまうから・・君に傍に居て欲しいんだ」
『そうして、またオレを利用する為にか?』


口を皮肉げな笑みに歪めているけど、目が楽しそうに光ったのが分かった。


「違うよ!・・・・・・・・・・いや、そうなのかな・・・・」
『んだよ、ひでぇな。』
「うん・・本当にひどいね。
・・・・それでも、僕はハレルヤと特別に繋がっていたいんだ。」


本当にそう思うから、ハレルヤの目を見て必死に言い募る。
どうしてこんなに必死なのか、自分でもおかしいくらいだ。
でもこうして口に出してみると、どれだけ彼に依存していたのか思い知らされる。
ハレルヤは一瞬笑みを消して顔を背けたが、再びこちらに顔を向けた時には
なにやら人の悪い笑みを浮かべて言い放った。


『へ〜ぇ!アレルヤはオレ様と離れたくないんだ〜??』

ニヤリと形容するしかない笑みを浮かべ、腰をかがめて首をかしげ挑発するように顔を近づける。
普段だったら、小馬鹿にされたと思うような態度だけど、その通りだからここは素直に頷いた。


『じゃ、ど〜〜してもオレが必要だって、言ってみな?』

ハレルヤの目は楽しげに輝き、口角が悪魔のように「にまり」と上がっている。
答えなんて知ってるのに、言わせたいらしい。
嫌がらせを込めてるのかもしれないけど、子供じみたそんなハレルヤの態度が
なんだか『他人』じゃないと認めてる気がして、笑顔になってしまう。




「ハレルヤ、居てくれてありがとう。僕にはやっぱり君が必要だから、これからも・・」


「傍に居て」と続けようとしたその時、
人の悪い笑みをおさめたハレルヤがアレルヤの顔に手を伸ばして頬に触れた。





『・・・・・・ふん。』



そっけない言葉と裏腹に、目に宿っている光はどこか優しげだ。
「え?」と思う間もなく顔を近づけたかと思うと耳元で一言囁いて
そのままハレルヤは消え去った。






胸に手を当ててみると、心音が少し早い。
心なしか、気温も上がったようだ。





『・・・・・・・・・・・居てやる。』






「・・・・・・・ハレルヤ・・・・・・・・・・・・ありがとう。」


囁かれた言葉は、酷く優しくアレルヤの胸に溶けていった。




END