【南十字星の奇跡2】

 

 

卒業後、私達はシャイニング事務所に所属し、芸能活動を始めることとなりました。

特例で恋人だと認めてもらい、住まいもお隣同士という便利さ。

あの日から、那月くんは心の整理が付き始めたのか、前のように笑顔で居る時間が増えてきました。

 

そして・・ゴールデンウィークも終わった5月のある日。

休日を利用して、私達は南の島に旅行をすることになりました。

そう、あの日の約束を叶えるために。

 

 

 

 

那月くんと二人で飛行機に乗り、着いた南の島は穏やかな気候です。

空港から車に乗って数十分。

宿泊するコテージに到着すると目の前には蒼く綺麗な海が広がっていました。

 

「わぁ・・!すごいです!お天気もいいし海も素敵です!!」

空は雲ひとつない晴天。これなら夜はかなり綺麗に星が見れるに違いありません。

「うん。天気ばかりは神様次第だし、晴れてくれて良かったよね」

那月くんも笑顔で空を仰ぎながら頷いています。

「ハルちゃん、移動に時間掛ったけど大丈夫?疲れてない?」

「大丈夫です!こんな綺麗な景色見たら、疲れなんてどっか行っちゃいます!」

「よかった。あ、ねぇ、砂浜綺麗ですよぉ・・!降りてみませんか?」

「はい!」

 

着いて早々だけど、好奇心の赴くまま私達は海辺に降りて、砂浜や綺麗な貝殻、打ち寄せる小さな波を堪能しました。

綺麗な自然を前に自然とフレーズが思い浮かび、忘れないうちにとノートに書いていると、

那月くんも即興で歌を歌いだしたり、くるくる踊ったりしています。

やはり私達は音楽と離れられないんだなぁと那月くんを見ながら笑っていると、どこからか不意に猫の鳴き声が聞こえた気がしました。

 

「・・・??」

振り向いてみても、猫の姿はどこにもなくて。

(気のせい・・かな?クップルかと思っちゃった)

学園に居た時から一緒に暮らしている黒猫を思い出して思わず苦笑を浮かべる。

その黒猫は友人に預けてきたから居るわけないのだ。

 

日が暮れて、砂や汗をお風呂で洗い流し、とても美味しい現地の夕食を頂いた後、

私は再びお風呂に入ってきました。

なんと、コテージ群の中心にあるヴィラに露天風呂があり、一見の価値ありとのことでしたので、

先ほど時間が無くて入れなかったからと堪能してきたのです。

コテージに戻り、那月くんに声を掛けると返事がありません。

リビングに入ると何故か照明が何段階か暗く落としてあり、薄暗くなっていました。

(・・那月くん・・・??どこ・・?)

台所や洗面所にも気配がなく、探しているとリビングからベランダに続く窓が少し開いているのが見えました。

ベランダは少し広く作られたウッドデッキになっていて、小さなティーテーブルやチェアが置いてあります。

もう夜空を堪能してるのか、とほっと息を吐いてベランダに近づいてみると、予想通り那月くんが居ました。

 

「那月く・・・!!!」

 

最後まで、呼べませんでした。

ウッドデッキに佇む那月くんは、とても切ない顔で夜空を見上げていたのです。

いえ、正確には夜空ではなくその手に掲げた銀の懐中時計を。

那月くんは、この懐中時計を元々大事にしていましたが、あの日砂月くんが消えて以来、

よく手にしているのを見かけます。

そこに砂月くんが居るかのように、悲しげな顔で眺めてはため息を吐く・・ということを何度もしていました。

那月くんは、前を向いて生きていくと決めてから、本当に私の前でも弱音を吐くことなんてなくて、

いつも頑張って笑顔で居てくれてました。

だけどやっぱり砂月くんを失ったことは、那月くんの中で消えない「傷」になってるのでしょうか。

私の力だけでは、支えることは出来るけど、本当の意味で癒せない・・・。

心の中で切なさと悲しみが膨らんで身動きが取れずにいたら、不意に足元に温かいものが触れました。

 

「え・・」

そこに居たのは、一匹の黒猫。

「にゃぁ〜」

私を見上げて抱っこしろと言わんばかりの顔で鳴いています。

その顔はとてもよく見おぼえがあって・・・・

「まさか・・・クップル!??」

「にゃにゃ〜」

どうしてここに!?と思いながらも抱き上げると満足そうにすり寄ってきて、その可愛らしさに理由なんていいかと思わせてしまう。

私の上げた声に気づいた那月くんが、窓を開けてこちらに顔を出しましたが、腕の中のモノを見て驚いて目を見開いています。

「ハルちゃんおかえりーって・・あれ?ねこさん・・???」

「ただいまです・・この子、いつの間にか来ちゃってて・・・」

先ほど見た切ない空気はあっという間にどこかへ消え去り、私を手招く那月くん。

その空気にどこかほっとしながらも、クップルを抱いたままウッドデッキに出ると、

海からの涼しい風が私を迎えてくれました。

 

「ハルちゃん、見て?」

そう那月くんから促され、見上げた私の目に映ったのは・・・・・満天の星空。

「わぁ・・・・・!!!!!」

 

都会と違い景色を遮る建物や光源がないせいか、それとも空気が澄んでいるからか。

今にも降ってきそうな綺麗な星達。

そこには、普段なら視えない南天の星も、ちゃんと輝いていた。

美しい星達を目で繋ぎながら眺めていると、小さな星が目に入ってきました。

上下に繋ぐと十字架のよう・・・・・

「あっ、これ・・・!」

私の視線の先に気が付いた那月くんが頷いてくれる。

「見つけられた・・?サザンクロス」

「はい・・・!たぶん・・あそこの小さな十字の星ですよね?」

「そう、あれが南十字星。全天88ある星座の中で最も小さい星座」

「そうなんですか?」

確かにすごく小さく見える。北十字星は見たことあるけど結構はっきりとしてこれより

数倍大きい感じがしていたのを覚えています。

 

「うん。でも・・僕にはこのサザンクロスがとても印象に残っていて・・北海道から見れないと知ってとても残念だったんだ」

ご両親から聞いてがっかりしている小さな那月くんを思い浮かべると、抱っこして頭を撫でてあげたい衝動に駆られる。

「だから、今日こうして見られて本当に嬉しい。あの日の約束を叶えられて」

「那月くん・・・私も、私も嬉しいです・・・!」

 

この一年で本当に色々あった。

あの時はまさか優勝してこんなふうに那月くんと本当にサザンクロスを見れるなんて夢の物語だった。

だけど、夢は叶い現実になった。

那月くんの顔を見上げると、彼も私を見ていて・・・お互いの瞳にお互いが映っています。

幸せなのに何故か泣きそうになって目を瞑ると、頭を撫でられ優しいキスが下りてきました。

 

「にゃぁ」

うっとりしてると、腕の中でクップルがもぞもぞと動いて那月くんの胸をひっかきます。

挟まれて居心地が悪かったのでしょうか。

「わ!?・・あ」

ひっかいたことで胸ポケットに収まっていた懐中時計の鎖がしゃらんと音を立てて外に出る。

那月くんは慌ててポケットから懐中時計を取り出し、傷が付いてないか確かめ、ほっと息を吐いていました。

「ご、ごめんなさい・・!大丈夫・・・でしたか??」

「うん、大丈夫・・・」

大丈夫と言いながらも、懐中時計をその手に乗せた那月くんは、先ほど見たような切ない顔になって、時計を眺めています。

ああ・・・また囚われているんでしょうか。

言葉もなく見つめていると、那月くんは懐中時計を見つめたまま語りかけてきました。

 

「ハルちゃん・・・僕はさっちゃんから手紙を貰って、強く生きて行こうって決めました。

夢に負けないように、振り向かないように、逃げないように生きて行こうって」

「はい・・」

「卒業オーディションで優勝することも、貴女と共に未来を歩くことも、今日ここへ来れたことも、

自分の力で頑張って夢を叶えることが出来るってようやく実感できたんです」

 

そう、那月くんは元々才能あふれる人間です。

小さな時からあらゆる可能性が彼の前に開かれていたはず。

だけど、その才能が同時にいくつかの道を閉ざしてしまって・・砂月くんが生まれた。

「貴女が僕の傍に居て、大好きな音楽に毎日触れられて、僕はとても幸せです。充実しています」

彼の言葉にじっと耳を傾ける。

「さっちゃんは、僕に【幸せになれ】って言った。だからさっちゃんの願いは二つ叶えられたと思う」

 

砂月くんが願った3つのわがまま。

三つ目の願いは私の願いでもあります。

だけど、砂月君はもう一つ願いを持っていた。那月くんには言えない心からの願い。

 

「でも、最初のお願いだけはどうしても聞けない。それだけじゃなくて、僕は砂月に言いたいことがいっぱいあるんです・・・!」

 

懐中時計を握りしめ、那月くんはついに心に仕舞ってきたであろう言葉を紡ぎだしました。

「砂月が生まれたのは元々僕の心が弱かったから。悲しいこと、辛いことがあると無意識に現実から目を背けるようになって、

砂月が全部肩代わりしてくれていたんです」

「しかも僕はそのことに長い間気が付きもせず、のうのうと生きてきました。砂月は僕に傷つけてすまないと言っていたけど、そんな謝罪、僕は受ける資格がないんです・・!」

「那月くん・・・・」

「僕こそ、彼に謝りたい。そしてずっと守ってくれたお礼が言いたい・・!それなのに、彼は僕にどちらの言葉も言わせないまま、僕の前から姿を消してしまった」

握りしめた手を開き、もう一度懐中時計を見つめる。

その目は、心は、砂月くんへの想いで溢れていました。

私は砂月くんが最後に呟いた願いを思い出し、思わずクップルを抱きしめる腕に力がこもります。

 

 

『消えたくない・・・・春歌・・・忘れないで・・』

 

 

あの日、私を抱きしめて小さく小さく呟いた彼のもうひとつの願い。

那月くんには忘れろって言ったけど、本当はそんなこと望んでいない。

忘却はその存在が無になるも同然。

 

 

『俺は砂月。波が来れば儚く崩れ去る刹那の存在。わかっていた。いつかは消えるんだってことくらい』

 

 

生まれた時から負の感情の肩代わりをして、消えゆく恐怖と戦って、忘れ去られる悲しみも予想がついていて・・・

おかげで那月くんは幸せをつかめた。

でも・・砂月くんは・・・?

最後までその願いを叶えることなく消えてしまいました。

そう考えると、私は悲しくて胸の奥が痛んだ。

「砂月くん」だって「那月くん」だから。

私が幸せにしてあげられたらよかったのに・・・・!!

 

身じろいだクップルと目が合う。

(那月くんの願いを叶えたい・・・!)

 

砂月くんは今もきっと那月くんの中に居ます。

ただ南十字星のように、ここから視えないだけ。

だけど・・・視えないことが既に悲しいんです。

中に存在してるかもしれない。

だけど感じられないなら居ないのと同じ。

視えないのと同じ。

サザンクロスはこうして見ることが出来たけど、どうすれば砂月くんに会えるの?

音楽の神様・・・!

あなたの愛する那月くんはサザンクロスを求めてるんです。

砂月くんが必要なんです・・・!

 

 

 

続く