「目は口ほどにものを言う」

そんな格言を、最初に言ったのは誰だろう。

 

本当に・・・的を得ている。

 

 

 

表情

 

 

 

 

「失礼します!」

「・・・啓太。」

「こんにちは、岩井さん。」

 

金曜日の放課後。

いつものように訪れた美術室には、岩井さんが一人。

どうやら今日は絵の具の整理をしている様子だ。

声を掛けるとこちらに気が付き、表情を緩めて名前を呼んでくれた。

 

実はこの瞬間が結構好き。

彼は、いつも表情の変化が少なく「何を考えてるのか分からない」といった

風情なのだが、最近啓太と共に居る時は、本当に色々な表情を見せてくれるようになった。

そんな一面が、啓太を嬉しくさせる。

 

『最初の方の時と比べるとすごい進歩だよなぁ・・』

 

出会った当初の岩井は、周りに見えない壁を作り、沈んだ表情で常に気だるげな様子を漂わせていた。

啓太も、青白い岩井の顔を見て、『何だろうこの人・・病気なのかな・・』

と思った位だ。

表情も乏しければ、言葉も少ない。

実際、そんな表情になってしまう理由があったわけだが。

 

でも、今までずっとそんな状態だったから、事情が一応の解決を見た今でも、

いきなり表情豊かになんてなれるはずも無く。

普段はやっぱり、表情の変化は少ない。

だから、こうして自分を見て表情を変えてくれるこの瞬間が、凄く嬉しい。

 

「・・・啓太・・?」

「あ。」

 

部屋に入ったまま、ドアの傍で突っ立っていたせいか、

岩井さんが声を掛けてきた。

しかも、思い出し笑いが顔に出ていたらしく、怪訝な顔でこちらを見ている。

 

「すみません、何でもないです。」

「・・そうか・・・?」

 

あ、また表情が変わった。

気遣わしげな中に、少し残念そうなカンジの目線。

何かありそうなのに、俺が「何でもない」と切ってしまったから・・?

拒絶したわけではないんだけど・・・ああ、でも。

そんな顔されたら、理由なんてさっさと話して差し上げます。

 

「実は、少し思い出しちゃって」

「・・・・?」

「出会った頃と比べると、本当に色々表情見せてくれるようになったなーって」

「・・・俺の・・表情・・?」

「はい。」

 

岩井さんにとっては予想外だったらしく、目を見開いて驚いている。

そんな表情も最近見れるようになった貴重な顔だ。

 

「さっきこの部屋に入った時、岩井さんが俺を見て表情を緩めてくれたのが、

ちょっと嬉しくて」

「そう・・だったの・・か・・?俺はあまり・・表情の事など意識してなかったんだが・・・」

 

そう言って少し口ごもり、手で口を覆うと視線を床に流して、照れたように言葉を紡ぐ。

 

「啓太だと分かったから、気が緩んだだけなんだが・・そんなに・・顔に出ていただろうか・・?」

「あ、いえ。そんなには・・でも、俺には分かったから、嬉しくて。

すみません。そんなことで変な笑いして。」

少しバツが悪くなって、頭を掻きながら苦笑して謝ると、岩井さんは。

こちらに向き直り、穏やかな顔に戻って否定してくれた。

 

「いや・・いいんだ。悪い事じゃないなら、いい。」

「啓太が嬉しいなら・・・俺も嬉しいから。」

 

そう言って、にっこりと笑ってくれた。

 

 

何を隠そう啓太の一番好きな表情が、この笑顔。

辛い過去を抱え、暗い心に包まれて、表情にもそれが表れていた長い時期。

そんな彼がこんな顔を出来るなんて、あの時は想像も出来なかったけど。

この笑顔を初めて見た時、啓太は心から幸せだと思ったのだ。

 

この笑顔をもっと見たい。

たくさんこの笑顔で居られるようにしてあげたい。

 

自分にできる事なんて、限られてるけど。

こうして目の前でこの笑顔を見せられると、自分にちょっとだけ自信が持てる。

この人の傍に居て良いんだと。

 

何より自分はこの笑顔が、眩暈がするほど大好きなのだ!

 

きっと今、自分は顔が真っ赤になって間抜けなツラをさらしてるに違いない。

でも、嬉しいんだからしょうがない。

この顔を隠すには・・・・抱きついてしまおうか。

 

「!・・け、啓太・・?」

 

早速実行すると、予想通りちょっと動揺したような声が上から聞こえてきた。

そういえば、岩井さんは絵の具の整理をしてたから、絵の具を手に持っていたんだっけ。

そう思い出し、離れようとしたら、そっと控えめに抱き締め返してくれた。

照れ隠しもあって、顔を埋めたまま、

 

 

「俺・・岩井さんのその笑顔、大好き。」

 

 

そう伝えると。

 

「・・・ありがとう、啓太。」

 

小さく呟く声が聞こえた。

表情は見えなかったけど、なぜかその表情は見えている気がした。

 

 

もっと、もっといろんな表情を見せて欲しい。

だから、傍に居よう。

貴方の心に、暖かい灯りが点りますように。

あの笑顔が増えますように。

 

・・・end.

 

 

 

 

 

申し訳御座いません。

SSというのは嘘で御座います。

こんなんSSじゃない・・!

SSと名を借りた、私の心の叫びで御座います。

だって、もう。

岩井さんのあの笑顔ときたら!

全登場人物で一番の笑顔だと思います。(私だけ?)

そんな私の心を、啓太君に乗り移らせてみました。

 

 

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