【ドライバーズ・ハイ】

 

 

 

 

 

地平線に届くように

限界まで振り切ってくれ

鋼の翼で

駆け抜けてよ 時間切れまで

 

 

 

 

 

 

 

「ああ〜っ!またやっちゃったよ〜」

「そのコーナー難しいんだよな」

 

そう言いつつも和希は画面から目を離さずに、コントローラーを操作している。

「よっ・・と、ゴール・・したのはいいけど、こりゃちょっと遅いか」

「ゴール出来ただけ、和希の方がマシだよー」

 

 

 

学校の授業も終わり、思い思いの時間を過ごしている土曜日の夜。

今日は和希の方も珍しく仕事が入っておらず、啓太の部屋で寛いでいた。

只今、二人はゲーム中。

リアルな走りを体感できるのが人気のレーシングゲームだ。

 

「このゲームやってるとさ、すごく車に乗って走りたくなるな〜」

そんな事を言いながら、啓太はコントローラーを車のハンドルのように左右に振っている。

それを聞いた和希はちょっと意地悪そうな目をして、啓太に言う。

「あれ、ひょっとして啓太は、スピード狂の気があるんじゃないか?」

「え?」

「車を手に入れたら、高速を夜な夜なぶっ飛ばしてたりして。啓太、暴走族だ〜。」

「な・・っ!そんな事するわけ無いだろ!!」

和希が冗談でそんな事を言うと、啓太は真っ赤になって否定した。

「アハハ、冗談、冗談」

「もう!・・・でも、流れていく景色とか風とか・・体感してみたいな」

 

啓太の目の先には先程のゲーム画面。

外国の町並みを疾走する車からの景色が流れている。

 

「・・・・」

「なーんて、免許まだ取れないから、ムリだけどさ。」

そう言って苦笑した啓太が和希を見ると、思案顔になっていた。

「和希?」

「ん?ああ、ごめん。・・・・・啓太、体感してみるか?」

「え?」

「車。」

「??」

でも、俺、免許も車もないし・・と呟く啓太に、和希は口の端をニッと上げて提案してきた。

「さすがに運転はムリだけど、乗せて走るコトは出来るから。」

「・・・・・。ええっ?!和希、車運転出来るのっ??」

「ああ。向こうでは、車ないと生活出来ないって位、車社会だからね」

 

 

免許は向こうで国際ライセンスを取ったと話す和希を、啓太は複雑な気持ちで見てしまう。

こうして、寮でゲームをして遊んでいる和希は仮の姿であって、

本来は、財閥の跡取りとして人の上に立つ社会人なのだ。

『そっか・・そうだよな・・。』

こんなに近くに居るけれど、たまに遠く手が届かない存在に思える和希。

だけど・・・・。

「どうする、啓太?明日で良ければ、俺も空いてるんだけど。」

「・・・うん、行く。連れてって?」

 

 

 

連れて行って。どこへでも。

俺のスピードじゃ、まだまだ追いつけないから。

 

 

 

OK!じゃ、あとは車の調達か・・。」

「和希の車じゃないの?」

「うん、今俺のは点検に出していて。他にもあるにはあるんだけど・・」

そう言って、ちょっと渋い顔をしつつ頬を掻いている。

「一応、公務用だしなァ・・。」

「和希、それって・・・・黒塗りのベンツとかなんじゃ・・・?」

「うん、そう。」

「げっ。それはちょっと・・・。」

高速を疾走する黒塗りのベンツ・・も恐ろしいが、敷居が高すぎて、素直に楽しめなさそうだ。

「だよな・・。やはりあいつらに借りよう。」

「あいつら?」

「ああ、秘書の二人。お前とも話してみたいと言ってたし、丁度いい。」

「え?俺と??何で??」

 

和希の秘書は何度か遠くから見たことがあって、存在は知っているが、話した事はない。

不審に思っていると、和希がにやりと笑ってとんでもない事を言う。

「常日頃、俺が『啓太はかわいい』って言ってるから、気になるんじゃないか?」

「な・・・っ!!!か〜ず〜き〜!!!!」

冗談にしても程がある。明日、どんな顔をして会えばいいんだ!?

 

「いや、ほら。ホントの事だし。車は明日見せてもらって、啓太の好きな方で出掛けよう」

「うん・・でも、勝手に決めちゃっていいのか?そんなコト。」

「大丈夫、大丈夫。頼んでおくから」

いいのかなァと思いつつ隣を見ると、和希は「啓太とドライブデートか〜楽しみだな」

なんて笑顔を全開にして呑気に笑っている。

そんな和希を見ると、やっぱり少しほっとする。

今、ここに居る和希は「理事長」でなく、「財閥の跡取り」でもなく。

「親友の遠藤和希」だと思えるから・・・・。

 

 

 

 

 

 

次の日。空は良く晴れて、ドライブ日和だ。

和希はあの後、「寮から二人で行くとまずいから」と言って、研究棟の方へ行った。

多分、秘書の二人に車の交渉をしてくれたのだろう。

人通りの少ない裏の林を抜けて、和希のいる研究棟へ向かった。

和希専用の駐車場があるらしく、そこで車を選ばせてくれるらしい。

啓太が到着すると、そこには既に3台の車と、二人の人間が立っていた。

一人は和希だ。

じゃ、もう一人の男は・・・

 

和希は、啓太に気が付くと、手を振って招いてくれた。

少し、駆け足で傍まで行く。

「おはよう、啓太。誰かに声をかけられたりしなかったか?」

「おはよ、和希。それが誰にも会わなくてさ。いつもこんなに人少ないのか?」

「いつもはもう少し居るんだけど・・あんまり変わらないか?」

「そうですね。」

和希が横にいる男に話を振ると、その男は控えめに頷いた後、啓太を見て挨拶した。

「初めまして、伊藤様。私は第一秘書の静と申します。以後、お見知りおきを。」

「あっ・・は、初めまして!伊藤啓太です。その・・」

「?」

こんなに丁寧な自己紹介をされる事は稀なので、どう挨拶したら失礼じゃないのかとしどろもどろになってしまう。

何を言いたいのかを測りかねるのか、静は表情を変えずに次の言葉を待っている。

 

「今日は俺のわがままで・・休日なのに・・すみません。」

 

言わなくては、と思っていた言葉を何とか伝えると、静は少し驚いたようだった。

「・・・・・。」

「啓太・・ごめん、気にさせちゃったか?」

「いや、だってほら。俺たち勝手に決めちゃってたから・・」

啓太と和希がそんな事を話していると、静がわずかに微笑んで言った。

「伊藤様。この件、お気になさらず。・・・・貴方はお優しい方ですね。」

「えっ・・そ、そんな事ないです・・」

正面からそんな風にはっきり褒められると、照れてしまう。

「静、『貴方は』って何だよ、『は』って。」

和希が、不満げにそう言うと、静は表情を元に戻し、

「貴方は少し気にして下さい。」

と事も無げにぴしゃりと言い放った。

「あー、すまない。悪かったって。だから、啓太と会わせてやったろ?」

バツが悪そうに頭を掻きながら、上目遣いで謝っている。

静は、目線を啓太に戻し、表情を和らげて、意味深な言葉を吐いた。

「ええ。聞いていた通りの方のようですね。」

「??」

「和希様が、常日頃『啓太はかわいい』と仰られていたので。」

な・・・っ!!!! ほ、本当に言ってたのか!!!?」

確かに昨日そんなことを言っていたけど、てっきり冗談だと思っていたのに・・。

啓太は耳まで真っ赤にして和希を睨んだが、「だって本当の事だし」等と言って、どこ吹く風だ。

啓太はがっくりとしながらも、もう一人秘書がいるという事を思い出して、和希に聞いてみた。

 

 

「そういえば、和希。」

「ん?」

「秘書の人って二人って言ってなかった?」

「ああ、居るよ。・・・焔!呼ばれてるぞ?」

そう言って、和希は3台ある車の内、1台に向かって呼びかけた。

すると、青い車から一人の男が出てきて静の隣に立つと、啓太を見てニッと笑った。

 

「・・え・・?」

啓太は男の顔を見て驚いてしまった。

静と顔がそっくりだったからである。

「初めまして、若の想い人。俺は第二秘書の焔。以後、宜しくお願いする。」

「初めまして・・。伊藤・・啓太です。」

やや慇懃な態度だが、ちっとも悪い印象を受けない焔は、静の双子の弟だという。

「無礼だと思ったが、車の中からやり取りを見せて貰ったから、大体分かりました。」

「全く・・。失礼だから駄目だと申したのですが・・・弟が無礼を申し訳ありません・・。」

そう言って、静は啓太に頭を下げてきた。

「あ、大丈夫です、俺も・・ちょっとびっくりしたけど気にしてないから・・!」

そう言って、慌てて静の頭を上げさせると、申し訳ないという顔をした静と、

そんな静に物言いたげな視線を向ける焔が目に入った・・。

「・・・?」

・・・・・何だろう・・・?

 

 

「それより、若。どうします?」

啓太の視線に気が付いたのか、焔は和希に向かってそう言うと、その視線を3台の車に向けた。

「うん。啓太、どの車がいい?」

和希に言われて、車を見てみると、どれも啓太が知っている車種だった。

 

 

 

ひとつは、黒のベンツ。これは公務用とか言っていた。

二つ目は、青いスポーツカー。ゲーム内で見た覚えがある。

三つ目は、ワイン色のセダン。CMでよく見かける有名な国産車だ。

 

 

 

先程、焔は青い車から出てきたから、それは焔の車だろう。

だとすると、ワイン色の車が静の車という事になる。

 

どうしよう。

 

悩んでいると、和希が「啓太が乗りたかったら、ベンツでもいいよ?」と言って笑った。

「さすがにそれは・・・いい。」

「じゃ、インプレッサか、ブルーバードシルフィだな。どっちも知ってたろ?」

「うん。・・それじゃ、ゲームでも見たこっちの車に乗ってみたい。・・・いいですか?」

そう言って、青い車の前に立った。

言われた焔は、そうだろうと思っていたのか、にやっと笑って助手席のドアを開けてくれる。

「どうぞ。」

「有り難う御座います。・・・あの!」

「ん?」

「焔さんも・・俺のわがままですみません。休日なのに・・・。」

「!!」

焔は、じっと啓太の顔を凝視すると、そのまま和希に向かって声を上げた。

「若!!」

「何だ。」

こちらに歩いてくる和希に視線を移すと、焔は人の悪そうな笑いを向けて言う。

「全く・・・若の審美眼には恐れ入るね。」

そう言って、喉の奥でクックッと笑っている。

傍に来た和希は、ちらりと啓太を見ると、焔に目を向けて自慢げに言い放つ。

「結構、自信あるんだよ。人を見る目は。」

「はいはい。」

「それじゃ、行くか、啓太。」

「うん。」

 

 

そう言って、車に乗り込む瞬間、隣にあるワイン色の車が目に入った。

凄く綺麗な車だ。

なんだか、とても静にぴったりの車だなと思い静を見たら、疑問を顔に乗せて

こちらを見返してきた。

「どうしました?」

「この車、静さんにすごく似合ってるなぁって思って。」

「そう・・ですか?」

「はい。すっごく綺麗だし。」

言われた事が無いのか、静は少し驚いているようだった。

「それは・・・有難う、御座います・・。」

「それじゃ、行ってきます!」

にっこり笑って、静にそう告げると、彼にしては少し強い語調で呼び止められた。

「伊藤様!」

「?」

「・・・機会がありましたら、今度は私の車をお使い下さい。何時でも、・・御好きな時に。」

そう言って静はとても優しい目を啓太に向けて約束してくれた。

「有難う御座います!」

 

そんなやり取りを見た和希は、啓太を後ろから抱き締めて静と焔に向けて宣言した。

「分かってると思うけど!・・啓太は駄目だからな、啓太は!俺のだから。」

「かっ・・和希!!! こんなこと、人前で〜〜!!」

二人きりの時ならともかく、他人が二人も居る前で恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

そんな啓太の心情はさておき、二人の秘書は冷静だった。

(若干、呆れが入っていたかもしれない)

「若・・そんな心配より、彼に嫌われる心配をした方がいいですぜ」

「時間の無駄ですから、お早くご出発下さいませ」

長年共にいるせいか、二人とも言葉に容赦がない。

 

「・・・・。分かってるならいいけど。」

そう言って、やや不貞腐れた顔で焔から車の鍵を受け取ると、

和希は慣れた手付きでエンジンを掛ける。

片手でハンドルを握り、もう片方でギアを操り車を動かす。

助手席に乗り込んだ啓太は、シートベルトを締めながら、そんな和希をじっと見てしまう。

『何か・・やっぱり、いつもとカンジが違う・・な。大人っぽい。』

 

「啓太、シートベルトしたか?」

「あ、うん。大丈夫。」

見惚れてたのがばれたかと思って、つい顔が赤くなってしまうのが自分でも分かったが、

シートベルトを確認するフリをして誤魔化してしまった。

「じゃ、後の事は頼む。」

「お任せ下さい。」

「何かあったら、連絡入れるんで。ま、無い事を祈りましょう」

「焔・・あったら困るんだよ・・・。行ってくる。」

にやにやと笑う焔に嫌な顔を見せつつ、和希は車を発進させた。

 

 

 

 

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